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人間が持つゆがんだ生命観?

某所 経由で知った
[喜怒哀楽]怒 一つの命にどんな違いが (Mainichi INTERACTIVE)

なんだかな.わたしはこのような記事を見るとかえって不快感を覚えてしまう.

人間でも生きてる以上,自然の中での生存競争と無関係で居れるわけはない.人間は社会を形成して生活している.だから,自分自身は関係ないつもりでも,他の人々が自然と闘ってくれているだけなのに.

生活に役に立つ(見ていると心が和むというという些細なものでも)生き物は味方にする.生活を脅かす生き物は敵として排除する.それも人間を含めた,自然の環境の中での競争に過ぎない.人間の生命観だけが特別というわけではないだろう.

売れなくなった鶏の世話代は確実に養鶏業者の生活を圧迫する.つまり鶏は鳥インフルエンザにより“益獣”から“害獣”になってしまった.大量処分は鶏にとってはかわいそうなことだが,人間が生活を続けるためには仕方のないことじゃないのか.

それなのに,“哀しみ”ならともかく“怒り”なんて,なんでこう人間は自分だけ高みに上って無関係を装ったようなこと言えるのかな,と思ってしまうわけです…

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