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2006年10月の7件の記事

将軍たちの夜(1966 アメリカ)

1942年ドイツ占領下のワルシャワで娼婦惨殺事件が起きた.目撃者は犯人はドイツの将軍の服装をしていたという.ドイツ情報部のグラウ少佐は3人の将軍ガーブラー,カーレンベルク,タンツと容疑者を絞るが,急にパリへ転属になってしまった.2年後パリに3将軍がそろうことになり,グラウは捜査を再開する.一方,ガーブラーとカーレンベルクは,タンツに強引に休暇をとらせハルトマン伍長を付けてパリの観光をさせるのだが…

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サハラ戦車隊(1943 アメリカ)

1942年北アフリカ,激戦の中にアメリカ軍ガン軍曹指揮する戦車は退却命令を受けたが,三方を敵に囲まれているため砂漠を越えて逃げることになった.途中連合軍兵士や枢軸国捕虜が加わり一行は一両の戦車に十数人が乗ることになったが,見つかる井戸は枯れ井戸ばかりで水不足が深刻になってくる.そんな中にようやくわずかな水の出る井戸にたどり着き一息つけた一行だが,ドイツ軍大隊500名が同じ井戸を目指していることを知るのだった.

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カルポ日記14

ほーりーぐれいるでの第2回ケレナグーレの結果.
新規参加の 真鍮機兵 は10位/15チームで予選敗退,前回からの残留の にせはやた は8位/11チームと成績は全然振るわなかった.大会はレベルが格段に上がった感じで,全体的に参加機体の動きが全然違うということ.なんだか完全においていかれてるなぁ.

特徴的な動きの機体が多い中,一番印象に残ったのは maos氏の 殴っちゃう、かもよ。 .格闘の間合いを見切って的確に攻撃を当てる機体で,格闘の達人のようで非常にかっこいい.キャンセル技でものすごい動きをする機体も面白いけれど,こういった渋い機体には本当にあこがれる.

主催の ISA氏と参加者の皆さんに感謝しつつ,しばらく大会のデータを楽しもう.

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ナバロンの嵐(1978 イギリス)

ナバロン要塞を破壊したイギリス軍マロリー少佐とミラーは,次の任務としてドイツ軍のスパイ,ニコライを暗殺する指令をうけた.かれらはバーンズビー中佐率いるアメリカ軍特殊部隊に同行しユーゴスラビアに飛ぶが,イタリア軍に撃墜され壊滅状態になってしまう.何とかユーゴスラビアのパルチザンと合流できたが,バーンズビーの任務の橋の破壊には装備も人員も不足し,またニコライはパルチザンの副官になっていた…

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カルポ日記13

日記と書きつつ不定期更新も大概なことになってるなぁ.実は世界観を根底から覆すような超起動をする某機体が現れてから,やる気があんまりなくなってしまっている.わたしは前作までのバースト射撃もバグだと思っているキャンセル技否定派なもんで…

それはともかく,ほーりーぐれいるの第2回ケレナグーレに参加した.
前回出場させた にせはやた は,みごとプレーオフを勝ち抜いて残留できた.自分でやった対戦ではかなり不利な状況で半分あきらめていたのだが,なかなか強運を発揮するやつだw
にせはやた が残留したので,今回は別設計の機体を出場させることにした.今回の機体は攻撃重視なのだが,格闘ってのはタイミングや運の影響も大きく,戦果に大きく波が出るようなのが心配なところ.まあ内輪で対戦している分には勝率は悪くはないようなので,とりあえず楽しみ.

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ケイン号の叛乱(1954 アメリカ)

新米少尉キースの乗る老駆逐艦ケイン号に歴戦の勇士クィーグが艦長に着任した.しかしあまりに厳しい規律を部下に求める上に,自分の失敗まで部下に押し付けるクィーグに,キースや副長のマリクは彼が偏執狂ではないかと疑いを持つ.そんな時ケイン号は台風に巻き込まれ,恐怖で呆然とするクィーグの権限をマリクが剥奪して無事乗り切ることができた.しかし,マリクはクィーグに反乱罪として軍法会議に訴えられるのだった.

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マッケンジー脱出作戦(1970 アメリカ)

第二次世界大戦下,イギリスのマッケンジー収容所には600名のドイツ兵が収容されていた.ドイツ軍のシュルーター大佐は,虐待行為をしようとした収容所責任者ペリー少佐に反発して暴動を起こす.イギリス情報部のコナー大尉は収容所に派遣され,見事に暴動を抑える.また,シュルーターはドイツ本国と密かに連絡を取り脱走計画を進めていたが,コナーはドイツ兵の手紙の暗号に気づき,脱走計画を反対に利用しようと考えるのだった.

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